ゼンリンは1000人もの調査員を動員し、日々測定している。コンビニのトイレの有無から、店舗の営業時間まで、その詳細さは群を抜く。地図作成のノウハウの固まりだ(写真:ゼンリン)
あの米グーグルが扱う「グーグルマップ」に、この3月から異変が生じている。日本の地図から道路が一部消えたり、停留所などの表示が消えたりするなどの”不具合”が発生している、というのだ。これには、今まで地図情報を提供していたゼンリンに対して、グーグルが契約見直しを迫った、との見方がもっぱらである。
ゼンリンが自社の地図情報をグーグルに提供したのは2005年から。人手によって道路や標識を実地で確認しており、国際的に比較しても、地図の正確さや緻密さには評価が高い。日本のユーザーが求める水準も高かったが、ゼンリンはそれに応えてきた。が、ストリートビューなどIT技術を駆使して情報を集めるグーグルが進化とともに、自前のサービスを持ちたがるのは当然で、グーグルも今回、オフラインマップなど新たな機能の追加を予定している。ゼンリンも自社の有料アプリを展開しており、この部分でマイナス面が大きかったのも事実だろう。
【2019年4月1日17時20分追記】初出時、オフラインマップの機能追加について誤りがありましたので、表記のように修正しました。
もっとも、契約自体は残っているもようで、グーグルマップの利用規約にもゼンリン地図に基づくとの記載がある。あくまでもグーグル側の判断のようだ。ゼンリン側も、どの部分を使ってどの部分を使っていないか、知らされていない。ただ、地図の使用にはクレジットを出す条件があり、地図などに付いている(C)ZENRINの表示が現状で外れていることについては、すでに把握しているという。

グーグルでない相手を提携先に選択

それにしても、今回のグーグルマップ騒動、裏を返せば、ゼンリンの”存在感”を改めて見せつけたとも言える。1000人もの調査員を動員し、全国をくまなく調査するゼンリンは、地図作成のノウハウの固まり。もともとゼンリンからすれば、収益性の高い他のBtoBビジネスが拡大しており、グーグル依存度は高くない。
不具合のあった3月、ゼンリンは米マップボックスに地図情報を提供することが明らかになっており、グーグル以外にもいわば”保険”をかけた格好だ。さらに先を見通せば、グーグルのような無料広告モデル(グーグルはゼンリンに利用料を支払い)と今後一線を画し、ゼンリンにとって、付加価値の高い地図は「有料」というビジネスモデルを取り戻す、いい契機になるのかもしれない。
とはいえ、世界のグーグルに対峙できるとすれば、日本でせいぜい1社だろう。実は国内の地図2大大手、ゼンリンと昭文社では、ここにきて大きく明暗が分かれている。
この2019年3月期、住宅地図やカーナビ用地図に強いゼンリンが利益を続伸させる一方で、昭文社は3期連続営業赤字が確実視されている。収益力改善のため、重荷となっていた人件費の削減に向けて、3月末で96名の希望退職を実施した。
書店では地図『マップル』が有名な昭文社だが、そこには地図業界全体を取り巻く大きな構造変化が起きていたこともまた、見逃せない。
ゼンリンが地図のデジタル化を実現したのは1984年だ。カーナビ用にデジタル地図を整備する必要があったが、そうせざるをえない決め手となったのは、細かな文字を書ける職人の数が不足していたこと。住宅地図を全国で整備・更新していくには、職人に頼らない方法を構築することが必要だった。そこで日立製作所と共同で住宅地図自動化システムを確立。1986年にはCD-ROM「Zmap電子地図」を開発して1988年に発売している。1990年代にはカーナビ用地図の売上高も拡大したことで、1994年9月の上場へとつながっていった。
対照的に昭文社はデジタル化の決断が遅れた。既存の出版事業が好調だったがゆえだ。1978年には『ミニミニガイド文庫』で旅行ガイドブックに参入。1984年に立ち上げた主力ブランド『マップル』は地図だけでなく、1989年から始めた『マップル(現まっぷる)マガジン』で雑誌事業にも展開した。2008年には女性向けの『ことりっぷ』も始動、さらに2011年投入の『まっぷる工場見学』はじめ、大ヒットを次々と連発したのである。
デジタル化に踏み切るのは1990年代に入ってからだった。1995年に電子地図ソフトの「マップルライフ」を投入。独自に地図データベースシステム「SiMAP」の運用を開始し、地図アプリや簡易カーナビ用のデータ提供も始めた。一時はこれら電子地図が収益に貢献した。
だが足元では、この電子化された地図が苦戦している。とくにグーグルマップなどの台頭で、有料の地図アプリが低迷。カーナビ用地図も縮小が続き、ガラパゴス化した国内市場を奪い合う状況である。

サブスクで業界ごとに毎月定額をガッチリ

昭文社の場合、デジタル化の出遅れに加え、もともと強みの出版事業でも返本が膨らんで、2017年3月期には営業赤字に転落。2018年3月期には新ガイドが堅調な反面、利幅の大きい地図やカーナビの受注が減った結果、連続営業赤字に陥ってしまった。

家の表札やオフィスビルのテナントを1つ1つ徹底調査するのがゼンリンの強みである(写真:ゼンリン)
冊子版の住宅地図は長期縮小が続いており、スマホ向けの有料地図アプリも低迷。それでもゼンリンの増益がなお続くのは、月額課金によるサブスクリプション型のBtoBビジネスが育っているからでもある。
とりわけサブスクリプション型が進んでいるのが住宅地図データ。各業界ごとに必要な情報をワンストップで提供するパッケージ商品が伸びており、1都道府県1ID単位で月額1万円という料金体系もわかりやすい。
その象徴が不動産業者向けの「GISパッケージ」だ。ゼンリンの住宅地図に地番や用途地域名、容積率、建ぺい率や路線価など地価情報を重ねて表示できる便利さが業者向けに受けている。不動産業者としては従来、地番を法務局に確認しなければいけなかったし、路線価を国税庁のサイトで検索しなければならない。こうした手間を省ける点が喜ばれた。同製品は開始当初の2014年3月期の2億円から、今期に20億円超まで拡大する見込みである。
ほかにもゼンリンはさまざまなデータ配信サービスを用意しており、住宅地図部門は紙を中心に売り切り型が依然多いものの、3割をサブスクリプション型が占めるまでに成長している。新年度の2020年3月期には中央省庁や地方自治体向けでも月額課金モデルを増やしたい構え。総合行政ネットワーク(LGWAN)に対応したサービスを拡充し、あらゆる部署で地図を活用してもらうべく多様なプランを用意する。
無料化の波というデジタル化の流れに逆らえなかったゼンリンだが、データ整備にも地道にコストを割き続けた結果、BtoBへの取り組みが開花。昭文社とは優劣がはっきりしたようだ。
ゼンリンの前に崩れたライバルは昭文社だけではない。パイオニアグループもそうだ。パイオニアのカーナビ「カロッツェリア」は長らく国内トップシェアを誇り、その地図データを内製化したのが子会社のインクリメントP社。ゼンリンがグーグルやヤフー、ナビタイムに地図を提供しているのに対し、インクリメントPはアップルに地図を提供。iPhoneの標準地図はインクリメントPが地図データを提供している。
ただし親会社のパイオニアは赤字続き。香港ファンドへと傘下入りし、この3月27日には上場廃止となった。「カロッツェリア」自体も首位の座を、ゼンリンが地図データを提供する、パナソニックの「ストラーダ」に奪われている。2017年にはパイオニアに対し、地図世界最大手のヒア社が資本参加し、大株主となった。

足を使い現場でコツコツと積み上げたデータ

グーグルマップの登場によって、誰もが日常的に地図を活用する時代となり、その利用頻度はかつてに比べて格段に高い。ゼンリンも自社の有料アプリが厳しい傾向とはいえ、グーグルなど無料アプリ向けのデータ提供料は高水準で推移している。
ゼンリンの強みは毎年130億円程度もかけて整備する地図データだ。調査員がコツコツと足で稼いだ地図情報である。地図上に見えている以上の構造物のデータを集めているのも大きい。一軒一軒、家屋の表札やビルのテナント名を確認し、店舗の営業時間やコンビニのトイレの有無まで調査する。建物の入口といちばん近い道路がどこなのかも調べあげ、カーナビの精度向上にもつなげていった。
今後は自動運転時代を見据え、高精度3Dマップの整備も進めている。地図の劣化によって、一度はグーグルを困らせたゼンリン。その”希少価値”は思った以上に高まっているのかもしれない。